2008年8月26日火曜日

愚直さの勧め


 「偏屈さ」とか「愚直さ」と言ったことが、時代の動向傾向に逆流するように思われています。こう言った言葉は、明治や大正、さらには昭和一桁世代を匂わせる、かび臭い遺物だとでも思われているのでしょうか。それで、『昔にこだわり過ぎていて、進歩のない証拠だ!』と言って、若者たちに嫌われるのです。確かに、昔は時間の動きが緩やかでした。江戸から京都に旅をしても、自動車も新幹線もなかったのですから、歩くか、裕福な人が籠や馬や舟に乗るかだったわけですから、人の動きものんびり、ゆったりとしていたことになります。時間も人の動きも緩慢なことは、急かされませんので、かえって観察眼は鋭かったのではないでしょうか。

 芭蕉が、「奥の細道」に紀行文を記していますが、歩行者ならではの観察眼が、そこに記されています。実に緻密に景色や心の動きを眺めてて取っています。新潟の上越に行きました時、佐渡に目を向けて、芭蕉の読んだ俳句、『荒海や佐渡によことう天の川』を思い出していました。そんな発想は、何処から来るのだろうかと思うこと仕切りでした。俳聖と呼ばれる人でなければ、表現し得ないに違いありません。別な意味では、時間が、のたりのたりと流れていた時代の産物なのかも知れません。



 これまで、どの道の達人も、滅入る様な、長い下積み時代を過ごさなければなりませんでした。仕事場の片付けだとか、明日の準備だとか、先輩たちの下仕事をしなければならない時代がありました。その積み上げられた、無駄のような時間や作業の間に、培われた何かが、そういった達人たちの高い質を作り上げてきたのです。鰻職人は、『串差し何年!』と言った時代を経て、初めて焼き職人になれるのだと言われてきました。後輩いじめのように取る方がいますが、『たかが鰻、されど鰻!』なのです。その道その道に、練達者や玄人(くろうと)に至る道は遠くて、険しいわけです。 ところが現代は、「促成栽培」のもやしのように、一夜漬けの漬物のように、瞬時のうちに大成してしまう人がいます。松下幸之助や本田宗一郎のように、研鑽と土を這うような努力によって、町の並みの店主から身を起こしたのとは全く違うのです。そういった彼らの「愚直な努力」、「偏屈なこだわり」を、『無駄だ!』と退けてしまうのです。数秒の間に、一人のサラリーマンの一生涯の収入の何百倍もの資金を手に入れてしまうわけです。

 日本の社会を安全に支えてきたのが、『愚直の努力です!』と、以前、畑村洋太郎さんがラジオで言っていました。小学校や中学を出て、生涯かけて、単純な作業をし続けてきた方々の、「愚直の努力」が、事故や災 害や失敗を最小限にとどめて来たのです。そうして来た彼らが職場から去って行く中で、大きな人災事故が発生しているのだそうです。 高学歴と促成で養成された現場が、どうしても伝統的なやり方、愚直の努力を邪魔者扱いしたのです。毎日の洗浄作業や点検が、二日に一度、一週間に一度に減らされてきました。そういった間引き作業は、必ず結果を生むのです。何十年かけて築き上げてきた看板が、一日にして傷つき、汚され、壊されてしまい、消滅してしまうのです。学校に行っていました毎夏、牛乳工場でアルバイトをさせてもらいました。『のどが渇いたら、どの牛乳も飲んでいい。ただビンは割らないで!』と言う真夏の作業でした。その時の栄養補給が、結構頑丈な体を作ってくれたのではないかと感謝しているのですが。その会社名が業界から消えてしまいました。入れてはもらえなかったでしょうけど一時は就職を考えたほどの大企業だったのです。


 

 手間隙のかかる基礎作り、日常のたゆまぬ努力、こういった「愚直さ」は、一度、『不要!』とされたら、もう回復されることは難しいのでしょう。ところが最近聞いた話ですと、日本には聖徳太子の時代に起こされた企業が、同じ社名で、今日でもなお存続していると言うのです。1400年を誇る「金剛組」という寺社建設の企業です。これほど長い歴史を持つ企業が現存すると言うことは、他の国にはまったく見られないことなのだそうです。いわゆる「老舗(しにせ)」と言われる企業です。日本の製品が、世界市場を独占してきた背景がここにあるのではないでしょうか。ちなみに、「愚直」を辞書で調べますと、『正直すぎて気の利かないこと(さま)。馬鹿正直』とありました(大辞林)。さあ残る人生を、『百まで生きたい!』と思いますので、もう40年、馬鹿正直に生きて行くことにしましょう。飛行機に乗るより電車、車に乗るよりは自転車、自転車に乗るよりは歩き、そういったのんびりした生き方をしたら、今まで見えなかったことが見え始めてくるのではないでしょうか。でも時間だけは矢のように過ぎて行ってしまいますが。

(写真は、鰻職人・江口良二さんhttp://kanesue-saga.jp/?page=14、中は、芭蕉の「奥の細道」の旅程図、http://www013.upp.so-net.ne.jp/gauss/basyou1.htm#kosu、下は、江戸時代の「桶職人」です)

 

0 件のコメント:

Powered By Blogger

自己紹介

 次男に勧められて始めた「ブログ」ですが、2007年7月から1年間休刊しました。その間、他の「ブログ」を開設したのですが、2008年7月に、名前を変えて再開しました。  父として子どもたちに、爺として孫たちに、また母や兄弟や友人たちにも、何かを語り残したいと願って、続けています。