2008年8月15日金曜日

二十一世紀のパンの問題



 『自分のパンは物質的だが、人のパンの問題は、精神的である』と、ロシアの哲学者・ベルジャーエフ(1874~1948)が言いました。白水社から彼の全集が出ていて、読んでみたかった私は、やっと古本屋から入手することが出来ました。じっくりと読んでみたかったのですが、ここ福州までは持ってくることが出来なかったのが残念でなりません。哲学者は、思考が深遠で何を言ってるのか皆目分からない方が多くおいでですが、さほど難解ではなく、平易な表現をするベル ジャエフには興味がつきません。

 ありきたりの「パン」なのですが、自分の空腹を満たして、満腹感をもたらすパンは、ただの「物」にしか 過ぎない。ところが、北朝鮮やアフリカ諸国のように、飢饉の続く国の子どもたちが必要としている食糧のこと、他人のパンの問題に関心を向ける時、物にしか過ぎないパンが、「精神的」になると言うのです。ですから食糧問題は、物質ではなく「心の問題」だと彼は提言したことになります。人が人である証は、他者を顧 みることが出来ることであります。何年か前に、小泉元首相が、越後・長岡藩の窮状を知った三根山藩から、「米百俵」が贈られた美談を引用して話されたことがあります。食べてしまえばそれだけの米を、次世代の子弟の教育のために用いた有名な話です。

 若い頃に、アフリカのキリマンジャロの麓に住む「マサイ族」の故事を聞いたことがあります。お母さんは、自分の子どもに、『パンがあったら、あなたの仲間と分け合って食べなさい!』と、いつも言うのだそうです。そういった共同体での生活のあり方は、驚くべき結束力を強めて行ったのです。ご承知のように、アフリカは「暗黒大陸」と言われてきました。白人社会の労働力として、奴隷として長く売買された忌まわしい歴史があるからです。ただ、このマサイ族は、決して奴隷商人の餌食にならなかったそうです。と 言うのは、仲間との連携の強さが、悪辣な商人の手を上手にかわすことができたからなのだそうです。ただ一切れのパンを、一人で食べても満腹にならないのに、仲間と分け合うことによって、空腹ではなく、仲間意識を満たしたからなのです。まさにマサイ族にとっての「パン」は、精神活動の一つの媒体だったこと になります。食べて厠に行ってしまう食物に、それほどの価値を置いたマサイ族には、『大いに学ばなければならない!』と思わされたものです。としますと、 そう教えたマサイ族のお母さんは、大哲学者であったことになりますね。大学者とは本来は無学であって、自然や人の摂理を熟知した方のことを言うのでしょう。 




  この故事を、何度子どもたちに話したことでしょうか。彼らは、身にしみて覚えているはずです。生きていく上で困難な壁にぶち当たった兄弟のために、その困難や痛みやもがきを、彼独りに負わせないで、自分の痛みや疼きとして受け取って、一緒に取り組んできた兄弟姉妹の絆の強さを、今でも感じるのです。彼ら がこれまで助け合い、支え合ってきたことを思い返して、ただに感謝な思いに満たされます。二十五年ほど前、大きな手術をします時に、家内と四人の子どもに 宛てて、初めての遺書をしたためました。次男がまだ3歳、長男が11歳ほどだったでしょうか。『もしかしてお父さんが召されたら・・・みんなでお母さんを 支えて、助け合って生きていってください!』と言うことを、もう少し具体的、積極的な内容だったと思います。人は、腹を満たすパンだけで生きているのでは なく、心や魂や精神が満たされることを考えて生きて行くようにと造られている、高尚な存在なのですから。これが人なるが所以(ゆえん)であります。さりと て毎日毎日の食物はなおざりに出来ない死活の課題です。その食物を考えるとき、二十一世紀の人類を、自分を含めた「いのちの共同体」と考えて、心配りしていく必要があるように感じてなりません。更なる心の活動が、この地上のあらゆる所でなされますように!

(写真は、”Ben氏の部屋”の「ベルジャーエフ全集」、下は娘の手作りの「バースディー・ケーキ」です)


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自己紹介

 次男に勧められて始めた「ブログ」ですが、2007年7月から1年間休刊しました。その間、他の「ブログ」を開設したのですが、2008年7月に、名前を変えて再開しました。  父として子どもたちに、爺として孫たちに、また母や兄弟や友人たちにも、何かを語り残したいと願って、続けています。