2009年1月1日木曜日

はな、ハナ、花、華、そして鼻

 

 不思議でならないのが、秋の到来を告げるように咲いていた記憶のある「金木犀」が、ここ福州の我が家の裏庭の片隅で、1月1日なのに、無数に花を開かせていることなのです。結構、しっかりと感じられる香りをあたり一面に放っております。原産地は、中国の華南地方ですから、ご当地花になるのですが、こちらでは「丹桂(タン・グイ)」と呼ばれ、花茶として茶葉に混ぜたり、ワインに漬け込んだりするようです。小学校の行き帰りに、毎年かいだ記憶があるのです。そんな半世紀も時が過ぎたのに、海を隔てた大陸の片隅に咲く花の香りが、思い出を連れ戻してくれるのですから、人の嗅覚を伴う記憶力には驚かされてしまいます。『あ、この光景、いつかどこかで見たおぼえがある!』、『あ、この臭い、どこかでかいだ記憶がある!』と、よく思うのですが。




 次女が保育園に入園したときに、「ライラック」の苗木をもらって帰って来ましたので、当時、私の事務所のあった建物の道路際の小さな庭に植えたのです。この花木も、4月から5月のころには、花を咲かせて、芳しい香を、そこかしこに放っていました。私たちが、35年の間、過ごした任地を去る直前に、どなたかの手で、ライラックが切り取られてしまったのです。とても残念で、ただ思い出だけが香ってくるだけになってしまいました。フランス語では「リラ」と呼ばれていて、ヨーロッパ原産のようです。日本へは、アメリカ人の手で持ち込まれたそうです。これも、幼いころの子どもたちの、あどけない笑顔を思い出させる花なのです。




 4年前の2月の早朝に、自転車から転倒して、右腕の腱板を断絶してしまう大怪我をしてしました。痛みが引いた後、神経はつながっていたのですが、ぶらり下がった手は、私の命令をもう聞いてくれませんでした。それで、振り上げて手を上げていました。1週間後に、MRI検査をして断裂が分かったのです。市立病院の専門医が紹介され、入院手術をすることになりました。全身麻酔で手術をしたのですが、気が遠のくような痛さを術後に味わい、数週間も添え木をつけて腕を上げた状態で過ごしました。その入院した病院の病室で、同い年で事情のあった同室の男性が、私の友人のお兄さんだったのです。それはじつに不思議な出会いでした。その添え木で過ごしていたころに、桜が満開だったのです。この花には香りはありませんでしたが、「春爛漫」と言うことばがピッタリなように、入院先の病院の庭に咲き誇っていました。この桜は、『右腕が、以前のように使えるようになるだろうか?』と不安に思いながら、その後リハビリを半年も続けたのを思い出させるのです。




 ハワイに行きましたときに咲いていたのが、「ハイビスカス」でした。アオイの一種なのですが、真っ赤な花びらは、常春のハワイには一番似合っている花ではないでしょうか。長男と次女が、それぞれ16才の夏に、ハワイ州ハワイ島のヒロの高校に入学したときに、ハワイ島のそこかしこで咲き誇っていたと思います。今夏、住み始めました家を出て、しばらく道路を歩いて行きますと、道路の左側に、この花が咲いているのです。季節外れではないと思いますが、真っ赤な蕾を沢山つけているのです。16だった息子と娘の顔が浮かんでくるようです。




 甲府盆地から富士五湖に抜けていく道の途中に、芦川という小さな村があります。その山間部に入りますと、小さな「スズラン」が群生している箇所があるのです。この花もヨーロッパが原産なのですが、日本種もあって北海道に多く見られるのですが、山梨県にも自生しているようです。可憐ですが、何となく趣があって、可愛いらしく咲いている様子は、いたいけないのですが、《Wikipedia》によりますと、『・・・フランスでは、5月1日をスズランの日とも呼び、好きな人やお世話になっている人へスズランを贈り、スズランを贈られた人は幸せになるといわれている。 』とあります。誰にも、このスズランを上げたい思いにされています。

 それにしても、「元旦」の亜熱帯には、秋を思い出させる「金木犀」が咲いているのですから、うれしい限りです。そんな香りを楽しみつつ、今年は、金木犀にあやかって、もう一花咲かせてみたいと願うのです。できれば、「謙遜」とか「親切」とか「忍耐」の花を、さらには人を楽しくうれしくさせるような実のなる花も咲かせてみたいものです。お昼に5人、2時半に9人の来客を迎えた年明けの夕べであります。

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自己紹介

 次男に勧められて始めた「ブログ」ですが、2007年7月から1年間休刊しました。その間、他の「ブログ」を開設したのですが、2008年7月に、名前を変えて再開しました。  父として子どもたちに、爺として孫たちに、また母や兄弟や友人たちにも、何かを語り残したいと願って、続けています。