2007年2月25日日曜日

○亭の鰻


 『雅仁、うまい物を食いに行こう!』と言って、小学生の私を、父は新宿と渋谷に連れ出してくれました。歌舞伎町が、今のような闇の犯罪都市になる以前のことでした。「コマ劇場」で、誰かの芝居を見せてくれましたが、覚えていればいいのですが、誰が演じた芝居だったのかまったく記憶にありません。

 観劇を終えて、山手線で渋谷に出て、入ったレストランでの食事は、「ロシア料理」でした。子牛を調理した、それまで食べたこともない柔らかな肉をほおばって、『うまい!』と思いました。父の言った通りでした。お酒を飲まない喰い道楽の父は、何度か、『いつか駒形に行って、ドジョウ鍋でも食おうか!』と誘ってくれたのですが、果たさないまま逝ってしまいました。

 多分、父は子どもを、かわるがわる連れ出しては、同じような機会を作っていたのだと思うのです。喧嘩に明け暮れる男の子たちの「非行防止」の1つの策だったのかも知れません。満員電車にゆれながら、ケーキやサンドイッチや鰻や餡蜜や、夏にはソフトクリームまで買って帰ってくれました。旅行に行くと、薄皮饅頭だとか○○饅頭と言うものを、必ず買って帰って来たのです。景気がよかったのかも知れませんが、子供を喜ばすのが上手でした。キャッチ・ボールも相撲もレスリングも頬刷りもしてくれて、親子関係はずいぶんと濃くて親密だったのです。

 そんな父が召される数週間前に、入院先の病室を見舞った私に、『雅仁、神田の○亭の鰻が食べたい!』と言いました。私は翌日、買って父の元に運んだのです。ところが、肉の厚いほうを隣のベッドのおじさんに上げて、自分は、身の細い尻尾のほうを食べていたのです。そういった父でした。

 親子関係、とくに「父子関係」は、男の子の成長にも、女の子の成長にも実に大切だと思うのです。父親は、男の子には「男性像のモデル」を、女の子には「夫のモデル」を提供するからです。私の愛読書に、こう記されてありました。「彼は・・父の心を子に向けさせ、この心をその父に向けさせる。」とです。よい父親像を持つことは、人にも国にも必要なことです。

 たくさんの弱さを持ち、辛い過去も父にはありましたが、息子たちに費やしてくれた時間や心やお金は、どうも無駄にはなっていないと思うのです。

 亡き父に、感謝の思いを込めて。
(写真は、「駒形・前川」の蒲焼)

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自己紹介

 次男に勧められて始めた「ブログ」ですが、2007年7月から1年間休刊しました。その間、他の「ブログ」を開設したのですが、2008年7月に、名前を変えて再開しました。  父として子どもたちに、爺として孫たちに、また母や兄弟や友人たちにも、何かを語り残したいと願って、続けています。